毎年夏休みは海に行っていたのだが、たまには他のところに行ってみようか、と飛騨高山へ行くことに。
上高地 → 飛騨高山 → 白川郷 → 五箇山 と車で行くプラン(地図)を夫が立てた。 渋滞を避けるため、夜中に出発。 上高地はマイカー規制があるため、途中の駐車場に車を置いてシャトルバスに乗り換える。お盆の時期はすごく混むらしいので始発のバスに乗りたかったが、ちょっと遅れて5時台のバスに乗車。大正池で降りて、ハイキング開始。標高約1,500メートル。少しひんやりするので長袖を羽織る。川にかかる朝もやが神秘的。水がすごく澄んでいて、岩魚が泳いでいるのがよく見える。 こんな雰囲気。 巷でブームの「山ガール」もちらほら見かける。そんなに重装備でなくても歩けるコースだが。大正池 → 河童橋 → 明神池 → 川の反対岸を通って河童橋まで戻り、バスに乗る。娘が走りたいというので途中走ったりしながら、9キロくらい歩いたか? そして、飛騨高山の古い町並みをぶらついてから、旅館のある飛騨古川へ。安政年間から150年続く老舗旅館。「あゝ野麦峠」ゆかりの宿でもある。建物は明治38年造の本館部分と、昭和初期の別館があり、なんともいえないいい味を出している。スリッパはなく、小さなエレベーターの中まで畳敷きで、全部はだしで歩けるのが気持ちいい。温かいもてなしに、心が和む。さっそく一風呂浴びに行く。さっぱりとし、浴衣を着る段になって、はて、左右のどちらが上にくるんだっけ?反対にすると「死人」になっちゃうんだよなあ。とりあえず親子とも右上で着たが、すれ違った仲居さんたちの着物を見ると左上になっていた...部屋に戻るとすぐに「右前」(左上)に着直す。後で調べたら、正しい着方は男女とも同じで、右手を懐に入れやすいほう、と覚えておけばいいらしい。 夫が館内を回ってきて面白かったと言うので、夕食までの間、娘と行ける所は全部探検してきた。落ち着いた雰囲気の「喫茶室」には棚に本があって自由に読めるようになっている。子供用には『千と千尋の神隠し』や『若おかみは小学生!』が並んでいた。あとで「あゝ野麦峠」を上映すると言っていたミニシアターの部屋は舞台があって小学校とかの体育館っぽい。隣のリラクゼーションルームでは、マッサージチェアやら足裏マッサージ機のたぐいを二人で一通り試す。こういうものはほとんど使ったことがなかったので、おお~っ、と妙に新鮮であった。明治期の建物の方は古いピアノやレトロな時計があったり。こちらの階段を登って行くと、グレードが高そうな客室につながっていた。 夕食は庭の見える個室で。旅館はなんといっても食事が楽しみである。目と舌とで二重に味わえる、隅々まで気の行き届いた品々で大満足。その日は近くで盆踊りが開催されると女将が言っていたので、食後の散歩がてら行ってみる。玄関先に男女別の下駄が並んでいたのをを突っかけてきた。夫と娘はカランコロンと小気味良い音を立てて行くのに、私のはなぜか鳴らない。どうやら底に歯がないタイプの下駄だったようだ。二人は、「この音がなんとも気持ちいいんだよね~」と言いながら歩いて行く。く、くやしい...しまいには娘と交換してもらってしばし音の感触を楽しむ。 盆踊りの場所がよくわからなかったが、徒歩10分くらいとのことだったので、適当に見当をつけて歩いていく。道にほとんど人がいないので、本当にこっちでいいのか不安になるが、そのうちかすかにそれらしき音が聞こえてきて、無事到着。まつり広場という結構広い会場で、ちょうど歌謡ショーの最中。着物姿の女性が演歌を歌っていた。そのうち盆踊りが始まり、老若男女が踊りだす。へんな女装をしてモールの傘を差しながら踊っている人たちもいた。宿に戻り、寝る前にもう一風呂。脱衣所で鏡を見てびっくり。おなかがムーミン!体重計にのると、ここしばらく達したことのない域に。まさに水の入った袋状態。インナーマッスルをもっと鍛えねば。 翌日、朝食前に白壁の建物が並ぶ通りを散歩。 ![]() それからまた飛騨高山へ。朝市を見てからお土産などを買う。 ![]() 全国で唯一残こっている郡代・代官所である高山陣屋を見学。靴を脱いで上がる。外はジリジリと暑いのに、建物の中は涼しくて気持ちいい。日本家屋はすばらしい。丁度ガイドさんが説明しているところに行き当たったので、付いていく。時代劇でよく出てくるお白洲(法廷)があって、刑事用と民事用が別々に設置されている。角材の角が並んだ上に正座させて重たい石(抱き石)を載せる責め具は、「龍馬伝」で佐藤健演じる岡田以蔵が拷問されていたやつね。当時は身分制度が厳しかったため、畳の縁によって(模様付き・黒・縁なし)それぞれが入れる部屋を区別していたとか。「床を刺す」=寝首をかくという連想を武士が嫌い、床の間のある部屋の天井の竿は、現在でも必ず床の間に対して垂直(=刺す)ではなく並行になっているとか、いろんな面白い話が聞けた。大奥の雪隠も拝見。当時のトイレは個人ごとに決まっていたそうで。 そして、世界遺産の白川郷の合掌造り集落へ。 ![]() 重要文化財の和田家を見学。ここも家の中は風が通って涼しい。外はジリジリと焼け付くように暑かったが。ここでは昔、蚕を飼っていて、蚕の糞に土や草を混ぜ、人間の尿を加えて床下に数年寝かせておくと、火薬の原料である塩硝ができるので、それが重要な収入源であったという話を案内役の人がしていた。火薬って、そんなものでつくっていたのかと驚く。 もう一つの世界遺産の、五箇山の相倉集落へ行く。こちらは山間にあるのか、どんどん上へ登る道を車で行く。白川郷に比べ、もっと素朴な感じが気に入った。白川郷は結構観光地された感じで、また、合掌造りの雰囲気に浸ろうとしてもアルミのはしごや廃屋など、イメージにそぐわないものが目に入ってしまう。普通にそこに住んでいる人もいるのでなかなか難しいだろうが、ディズニーランドのように、イメージを壊すものはいっさい排除するくらい徹底すれば、観光スポットとしてはよくなるだろうなあと思ってしまった。 ![]() 帰路は北陸自動車道を通っていく。有磯海サービスエリアで夕食を食べることにする。あまり期待していなかったのだが、ニューオータニのレストランがあり、「魚津美味い膳」(1,100円)というのを頼んだら意外においしく、コストパフォーマンスもよくて満足。食後、レストランの裏側から出て日本海を眺める。「恋人の聖地」とかいって、南京錠を付ける柵が設置されていた。パリの橋と同じだな。 夜の10時半ごろ無事帰宅。いろいろ見れた旅行であった。
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